日経リサーチ 技術顧問 鈴木督久氏

鈴木 督久(日経リサーチ 技術顧問/総務省 統計監理官/公益財団法人日本世論調査協会会長/独立行政法人統計センター 特別参与/一般財団法人統計質保証推進協会 事務局長)
日経リサーチ技術顧問の鈴木督久さんは、同社において長い間、社会調査、世論調査にかかわってこられました。本卓越大学院プログラムでは、キャリアデザイン関連の開講授業「プレ・インターン・プログラム」においてゲスト講師として登壇いただくほか、アドバイザリーボードのプログラム・アドバイザーとしてプログラムに助言をいただいています。鈴木さんは、大学での講師や、著書や論文の執筆もされるなど、産業界とアカデミア、近年は官の世界でもお仕事をされています。大学で中国文学を専攻されていた鈴木さんが、いかにしてデータサイエンスのプロフェッショナルとなられたのか、そして大学での専門である文学とデータサイエンスの接点などについてお話をうかがいました。
まず大学を卒業されてからのこれまでのお仕事、キャリアについて聞かせてください。
鈴木:大学は文学部(中国文学)を卒業して、日経リサーチに就職しました。日本経済新聞社の関連子会社で、就職当時は①企業からのマーケティング調査、②新聞社の報道用調査(世論調査や選挙予測も含む)、③政府の公的統計調査などの調査事業が中心でした。他に経済データベース(日経NEEDSなど)や電子版の仕事もありました。新聞記者(政治部で永田町の権力と政策を取材執筆)として本社編集局に2年間だけ(しかし濃密な)出向もするなど、広い範囲の業務に関わってきましたが、歩みを振り返ると、マーケティングリサーチャーや、ジャーナリストとしての歩みは細くなり、調査方法論・統計的データ解析の分野が太くなったと思います。
業種分類的な見方をすると、報道業界と広告業界にあたり、新聞でいえば、上の記事スペースと下の広告スペースの両分野といえます。あるいは、稼ぐ営業部門と使う編集部門の両方といえるでしょう。もちろん稼ぐことが第一で、日経リサーチでは経営計画(予算目標)達成のために、サービス開発や業務改善をする毎日でした。大学で学んだことと仕事とは直接の関係はないのですが、間接的・潜在的なつながりはあると思います。
新人としてスタートし、部長、局長と立場を変えていき、47歳で取締役、62歳で役員退任、65歳で会社員を引退しました。社外では40歳から60歳の20年間いろいろな大学で講師をしました。現在67歳でフルタイムの仕事はせずに、社会貢献的なことをしています。引退後の今、やっている活動は、やはり現役時代の仕事と産官学にわたって関係があり、統計質保証推進協会における「統計検定」試験事業、社会調査協会の資格認定の仕事、日本世論調査協会の会長、総務省の統計監理官などです。こうしてみると統計調査、社会調査、世論調査、そして会社の日常業務だった市場調査と関連しています。著書は現役中に執筆した十数冊はすべて共著で、最後の年に初めて単著を書き、引退後に2冊出版しました。論文は関心と時間に応じて書いてきました。余裕ができたら(依頼原稿ではなく)「書きたい本を書く」つもりです。
中国文学を専攻された鈴木さんがデータ分析のプロフェッショナルになっていく過程をぜひ知りたいと思います。調査関連のお仕事をされていく上での知識やスキルはどのように学ばれたのですか。また、アカデミアとのつながり、論文や著書を執筆されることになった経緯なども教えてください。
鈴木:調査は統計学を基礎としています。統計学の理論は数学で書かれており、応用はデータ解析の現場です。データを扱うにはコンピュータを使う。キーワードは「データ」です。「データサイエンス」という用語は曖昧なところがありますが、「データ」+「科学」ということになっています。別の整理をすると「データ」をいかに集めるかという設計から、その「データ」をいかに分析するかという結果までのプロセス全体だと思います。前者は「調査」でもあり、後者は「解析」です。それぞれ多くの手法が開発されています。
したがって、今述べたことを実現するために必要なことを学びました。調査の仕事をするために標本設計が不可避だから、統計学を学ぶ必然性が生じました。調査結果のデータ解析にはコンピュータを使うから、プログラミングも自習。理論的には線形代数(特異値分解など)も重要です。最適化計算は数学屋の仕事だとみなして遠ざけましたが、人文系であっても数学ができたほうが助かるし邪魔にはなりません。就職して初めて中学高校で数学をやる意味がわかりました(遅れてきた文学青年!)。とはいえ、大学の抽象数学ではないから、人類史としては17世紀頃までの数学です。現在では高校数学ですから、せめて「人並みには」という気持ちです。仕事にそのまま役立つことはなかったのですが、仕事に必要な本が読みやすくなりました。
大学で学んだことが仕事に役立つ、という因果関係ではなくて、仕事に必要なことが出てきたので学ぶという経歴でした。その形で述べると、企業評価ランキングを構造方程式モデルで新聞発表したら、日本科学技術連盟の多変量解析研究会に呼ばれました。ここで多くの統計学者と出会い、あちこちの大学(筑波大、早大、東大など)で非常勤講師を頼まれるようになりました。
論文や本も頼まれて書きましたが、会社の仕事ではないので休日にやりました。「理論の章は書くから、現場での応用事例や実データを分析する際の注意やコツを頼む」とか、辞典・事典の執筆依頼も意外に多かったです。実際の調査で重要なテーマだけれど、統計学者は具体的には知らない専門分野などです。講義は土曜と夜間のコマにしました。若い頃は休日に勉強・研究・講義・執筆をしていました。今はゴルフですが、当時は付き合いの悪い奴だったかと思います。
衆院選、参院選の選挙予測報道のために、予測方法を学ぼうと強く思い、とにかく関連の学会(選挙予測の第一人者が所属している学会)なるものに入りました。入れば何とかなると思っただけなので、学会の年次会の懇親会(目当ての先生と話す機会だと思った)しか活動せず、何ともならなかったのですが、結論としては、学会に入るより論文や本を読むほうが効果的でした。すでに職に就いており、アカデミアの研究者も目指していないので研究業績も不要でした。とにかく日経の選挙予測システムを構築できました。1996年に衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されて初めての総選挙が実施されましたが、そこに間に合いました。今も私の書いたプログラムが稼働していることが少し誇りです。
世論調査は市場調査と違って、統計科学的な理論が絶対的な前提であり、これで稼ごうという発想のない、報道機関の社会的使命でした。この「気高く上品な仕事」では思い切り統計学を活かせることもあり、分析も楽しく好きでした。理論と実践を考察できる深さがありました。新聞社でいえば、記者はよい記事を書いて社会に影響を与える楽しさがあり、営業の事を考えない。広告・販売の営業職は広告をとることや販売拡大で会社を経営的に支える誇りがある。世論調査は営業を考えない、記者の立場に相当すると思います。
「読むこと」の重要性について、本を読むこととデータ分析の共通点について、ぜひ鈴木さんのお話しをお聞きしたいです。
鈴木:私は文学部出身だから、 ある程度は本を読みました。読むという意味は、よく読む、深く読む、行間と裏まで読む、背景を読むということで、そういう意味では、データを読むという行為とつながっていると言えますね。縦横斜めからデータをよく読まないとだめだぞと、言っているのですけど、それには手本や経験も必要です。実際のデータは汚れており、教科書にある教育用の架空データとは違うからです。大学の年間講義では、5月頃の早いうちにTukeyの探索的データ解析(EDA)をやりました。データをよく読むとはどういうことかを伝えます。Neyman流の統計学(確率分布から推定・検定など)はその後ですね。このよく読む、という点については、文学とデータ分析には共通項があると思います。
文系の知識が仕事にどうつながるでしょうか。知識を活かせると思って始めたとしても、必要とされる、求められることは違うことがあります。企業で働くということは、やりたいことができるか否かより、やらなければならないことを一生懸命やるというのが大事でした。「やりたい」「できる」「やらねばならぬ」ことの3つあるとして、仕事の場合は「やらなければならないこと」が最初に来るわけで、「やりたいこと」だけやる人には、「なんだ、お前は」ってなりますよね。彼は中堅にもなって、今この組織にとって何を最優先ですべきか、ということが分かってない場合が多いのです。もちろん逆に早すぎて上役が理解できない、という場合もたまにあります。そうなると説得力の問題になりますが、「早すぎた青年」は独りよがりの性格の人が多くて、周囲に語り、聞き、巻き込む力量がないのです。
専門的な知識があったとして、たとえばプログラミングできます、データ分析できますという人がいたとしても、そうした知識は陳腐化するのも早く、学び直していく必要があります。ですから、「何かだけができる」という狭さはダメで、プログラム書けますというだけの人とは、経営戦略を一緒に立てよう、というふうにはなかなかならない。
データサイエンティストはもうちょっと広い範囲を含んでいると思います。何が求められているかにもよりますが、専門性が高いことは、それだけだと、高いけど狭いということになりがちです。AIの時代になっても、人間が必要な仕事は残り続けると多くの人が言っていますけれど、そうだと思います。そういう意味では、人文系の方がしぶとく生き残れるかもしれません。自然科学とか理数系でやっていたことは速いスピードで置き換わっていくでしょう。
最後に大学院生やプログラムへの助言、メッセージをいただけますか。
鈴木:人文社会科学でも自然科学でも、深くやれば役に立つ人になると思います。博士人材を、研究職ではない場所で活用する企業はこれまでは少なかったし、初任給の設定も大差がなかったでしょう。しかし、これからは米国のように学位を条件とするようになるかも知れない。JOB型の人事システムへの移行は始まっています。
その仕事を10年間続けることができれば「専門家」になると思います。素人とは異なる水準に到達します。問題は10年も続けられるかです。才能より継続!です。
私自身はやりたいことができたというより、やらなければならないことを仕事としてやってきただけだと思っています。調査の性質やデータのことについて誰よりもよく知っていると思えるようになったのは10年ぐらいたってからでした。 調査会社では年間何百本という調査が走っていて、そういうのをずっと見たり、設計したり、回答者がどう反応するのかというようなことの現場を知る。なんでこういうサンプリングするのかとか、サンプリングの理論ってどうなっているんだとか、勉強しなきゃいけないから、10年ぐらい軽くかかるわけですよね。博士後期課程まで勉強し続けていると10年かかっちゃうじゃないですか。専門家になるということは、10年ぐらいやり続けるってことだと思います。
もっとも大事なことは、オリジナルに考察することです。なんでも外国がえらいと思って知の輸入業者にならないように。この説明をすると長いのですが、たとえば『古事記伝』における本居宣長の方法は示唆的です。『古事記』を「日本語」として読めたのは宣長の功績です。その方法は徹底的な「精読」ですが、宣長の苛立ちは、近世の武士教養が漢文偏重であって、古事記を「日本語」として読めないことでした。太安万侶が知識人であり、漢字の表意機能を使ったせいで漢文読みできますが、『日本書紀』のように中国語で書かれていないので、中国語をよく知っていれば『古事記』が「日本語」を話していた稗田阿礼の語りを、漢字を利用して記録したと思えるでしょう。宣長の方法はデータサイエンスで実証できると思います。万葉集や源氏物語のテキストを媒介にして分析する必要があると思いますが、宣長も近世までの文献を経由しながら、稗田阿礼の発語を聞きとろうとしていたわけです。読んで、読んで、読みまくる。そこまで読めば、声が聞こえてくる、そういう研究方法だったと思うんですよね。多くの古典文献のテキストデータもそろっているので、テキストマイニング等で宣長が生涯かけて精読した方法と背景を探究できるだろうと考えます。書き言葉と話し言葉の分解、固有名詞と地の文の分離、日本語の変遷などを含めて、現代的方法で追試できるでしょう。ぜひ宣長の「精読」を、千葉大学の「遠読」で検証し、稗田阿礼の「声」に迫った経路を示してほしい。人文科学者と自然科学者の融合を顕在化して欲しいと思います。