公益財団法人イオン環境財団 専務理事 山本百合子氏

山本 百合子(公益財団法人イオン環境財団 専務理事)
研究・専門分野
社会システム工学・環境社会学
山本百合子さん(公益財団法人イオン環境財団 専務理事)には、本プログラムの担当者として、「プレ・インターン・プログラム」というキャリアデザイン科目のオムニバス授業にも登壇いただいている他、本卓越大学院プログラムが主催したシンポジウム「東南アジアを知るために」(2025年1月)においてもパネリストをお願いしています。また、日本全国、世界各地で、イオン環境財団による植樹等の環境事業に従事されつつ、社会人大学院生として、修士課程では環境社会学を、博士課程では社会システム工学を学び、学位(博士(工学))を取得されました。
山本さんは、社会で活躍されつつ、大学院に進学して学位を取得されたのですが、まずはどのようなきっかけで社会人として大学院進学をお考えになったのか、教えてください。
山本:私たちは、世界各地で様々な環境活動を実施しています。例えば、昨年、インドネシアジャカルタでは地盤沈下を防ぐため、マングローブの植樹を致しました。また多くの環境領域の国際会議にも出席する機会が多い状況です。更に日本を含めアジア各国の主要大学や国連の生物多様性条約事務局等の国際専門機関との連携をしております。このような日々の環境事業の取組みや、国際会議の発言にしても、アカデミックな根拠の必要性を感じ、自分自身、もう少し深く学びを進めて確かな根拠に基づいて発信しなければいけない、と感じるようになりました。それに、これまでイオン環境財団が35年以上実践してきた環境活動を「見える化」したいと、私が事務局長として着任した際に考えました。
学術論文を通じても、社会に発信していきたい、そして、私たちの活動にボランティアとして参加して下さっている世界各地の多くの皆さまの思いを紹介し、それを形に残したいと思いました。
また設立以来継続実施しているNGO/NPOへの助成事業活動についても、連携した助成先の皆さんと資金面の支援のみではなく、一緒に活動としてアクションを起こし、共に新たな価値を創り出していきたいという新たな目標を掲げたことも、大学院で学ぶこととした理由のひとつです。
コロナ後、人の価値観は、大きく変わりました。例にあげると、目に見える経済的指標により表せる価値を追求することに加え、心の豊かさや自然環境、具体的には、森の中の安らぎや新たな価値指標、価値観を社会や人は求めるように変化してきていると実感しています。環境活動の中に、これまでの社会ではカウント出来なかった、新たな目に見えない価値を現してみたいという気持ちが湧いてきたのです。
新しい価値という答えは、地域ごとに多種多様、様々であり得ますが、先ほどの助成と同様、私たちからの一方的ではなく、「共創価値」を地域の皆さんと一緒に生み育てたいのです。地域と協働することにより、これまで見えていなかった価値をどのように新しく創っていくことができるのか、これが研究テーマを掲げた背景となります。
当財団は、事業規模では、日本の代表のひとつに挙げられるような環境財団になりましたが、日本の代表のひとつという意味は、アジアを代表するという立場でもあります。つまりグローバルな社会においても、事業活動を通じ社会的責任も大きい、大きく在るべき使命をあわせ持っているということでしょう。
世界各地のボランティアの皆さんと共に、これまでとは違う新たな価値を生み出し、社会へ広げていくには、各地域から日本へ、そしてアジアから世界へと展開していくプロセスが重要であると捉えています。コモンズというワードがありますが、研究成果としてアウトプットされた、新たなる「価値」を、少しずつ地域の範囲を広げグローバルなベストプラクティスに繋がるのであれば、ひとつしかない地球を守る環境活動のひとつとなる可能性があると信じています。
世界中で取組むことが可能なグローバルコモンズに育てていくことを目的に研究を継続しています。
そして、私の研究領域と実践のフィールドがとても近い関係にありますので、学会での実践発表や論文発表などの機会を通して、リアルタイムでの社会実装や社会発信が可能であることは、とても恵まれた環境であり、さらにスピード感を併せ持つプロジェクトとなることも研究が必須だと感じた理由です。
ほかに各世代の学校の教育現場に入ることも重要だと考えています。教育機関と連携することによりダイレクトに学術との融合をベースとした研究や実証が可能となります。
また学術領域分野を超えることにより、平和構築の多面的な学びが実現出来ると考えています。例えば、私の中での現段階でのプライオリティNo.1のテーマは平和構築です。今こうして日本では平穏な時間を過ごしていますが、世界に目を向けると戦争は続いています。環境破壊の最大なものは戦争であると言われますが、平和学は社会学、倫理学との融合も重要であり、学術領域のBeyondが必須です。本年より琉球大学で寄付講座を開講することに至った理由は、地域住民へのヒアリングをしたところ、県外からは平和をテーマに多く修学旅行生等が訪れるが、思いの外、県内の子どもたちは、地元の課題にあまり触れていない実情を知ったことからです。

国際会議にもたくさんご出席になっていますね。国際会議となると、環境研究の領域などでも、やはりPh.D.をお持ちの方がそれなりに多いのでしょうか。
山本:国際会議では、実感として、皆さんPh.D.をお持ちです。むしろ当たり前と感じております。社会人学生として修士課程に在籍していた時も、諸外国の政府の環境部門の責任者という人たちが、ドクターが必要ということで来日されていました。
世界からドクターを取りに来ているような留学生の方も多かったのですね。
山本:そうです。そのほかにも、博士課程で学びを続けたいと思った大きな理由のひとつは、環境倫理学的な課題への関心です。現在、カンボジアのアンコール・ワット遺跡を風雨から守るための植樹活動に取組んでおりますが、この地域において、何を生業としているのか、それをただ経済面だけではなく精神面も含めてヒアリングしています。各地域をどのようにしたいという希望や夢をお持ちなのか、徹底的に耳を傾けています。カンボジアでは、植樹開会式においては、必ず、祈りを捧げるセレモニーを行うことがプロトコルとなっています。このプロトコルのひとつひとつの意義、背景等、この地域における伝統文化が地域の人や自然とどのように連関しているのか広く深く追求することを重要視しています。
建物や遺跡を修復する技術そのものももちろん必要だし、そのために資金も必要だけれど、でも、それがその社会と人々にとって、どんな意味があるのか、この場所はどんな意味があるのか、といった宗教的・歴史的背景も重要であるということですね。
山本:はい。環境倫理学というか、各国の環境課題を取り囲んでいる倫理的側面も押さえるべきポイントです。カンボジアの多くの皆さんにとって、アンコール・ワット遺跡が心の拠り所のひとつであることが解りました。
大学院について言えば、山本さんのご経歴はまさに文理融合ですね。修士は人文社会科学で、博士は環境工学で学位を取得されています。
山本:どうしても環境課題にアプローチするには、文理融合だと自分なりに判断をした結果、文理双方の研究をしました。最終的には、工学博士を取得したのですが、現代社会では、テクノロジーの進化、グリーントランスフォーメーション、デジタルトランスフォーメーションなど、最先端のテクノロジーも環境活動に取り入れていくべきだと考えて実践しています。
一例ですが、リモートセンシング技術に基づく環境教育も国内外で行っています。当財団が植樹したマレーシアのイオンの森は、すず鉱山跡地ですが、JAXAデータやリアルタイムの宇宙データを活用し、植樹前後の経年変化や地表データ分析により森のコンディションを計測しております。つまり宇宙からの観測データによりこれまでの活動を可視化出来ました。これを地域の次代を担う子どもたちが通う学校と連携し必須授業として設置頂き、環境教育を行っています。
最初のお話でも触れていただきましたが、やはりこれまで明示化できていなかった価値を、見えるかたちで発信していくアウトカムが重要だということですね。つまりそれがシステム工学を学ぶとか、テクノロジーを学ぶということとつながっているのですね。
山本:はい、植樹という環境活動を通して、各地にイオンの森を地域ボランティアの皆さまと共に創造しております。森や里山づくりは、50年から100年を見据えたプランが必要です。とても責任が重いと感じております。ですのでこの裏付けとして、しっかりとした学術的知見が必須と捉えております。苗を植え、森を育て森の恵みを活かし森を循環させていくためには、長い年月をかけ各世代にもわたる、土壌改良、森のメンテナンス、間伐、伐採、樹種選定等々、気が遠くなるほどのアクションプランの選択・修正をし続ける訳です。それは、気候変動、異常気象、災害により、計画通りに進むことがむしろ少ないケースが大半であります。このように森づくりひとつとっても、責任は大きいのです。
宮崎県「綾町イオンの森」のケーススタディを紹介します。イオンの森は日向夏みかん畑と隣接しています。この日向夏農家17軒の皆さまにも森づくり計画を共有後、プロジェクトはスタートをきりました。数年が経ちイオンの森に二ホンミツバチが確認され、蜂が隣接する日向夏みかん畑の受粉の役割を担うようになり、現在ではイオンの森で蜂蜜が採れるようになりました。
今後は、この蜂蜜を綾町内にあるイオンのマックスバリュの店舗で販売することも計画をしています。1本の木を植えるというアクションが、次々に生態系サービスの中で新たな経済的な価値を生み、日々、育まれて更新されている状況を検証したく学術研究に取組んでいます。
人の手が届かない高いところの受粉は、ニホンミツバチが行っている訳ですが、やはり検証が重要であると考えております。昨年、検証結果も出て、綾町イオンの森と、隣接する割付地区の日向夏畑は、環境省から「自然共生サイト」として認定されました。
日向夏は、その後、かなり高い樹上にまで、ミツバチの受粉のおかげで実がつくようになり、農家さんの方に、イオンの従業員ボランティアが、実の袋かけや収穫にもお手伝いに行くようになり交流を深めています。

活動がどんどん広がっていきますね。やはり学びの目的をしっかりとお持ちだったのだと思います。では最後に。この卓越大学院プログラムにずっとお付き合いいただいて、多大なるお力添えいただいているのですが、卓越に限らず大学院で勉強している人たちに向けてアドバイスをいただければ幸いです。それから、山本さんのこれまでのご活動に照らして、ローカルなこととグローバルなこととのつながりとか、社会との連携などについてメッセージがありましたら、それも是非お願いいたします。
山本:大学の垣根を超えること、ということがすごく私には大切だと思っています。たとえば、いろいろな大学が参加している里山フォーラムも「里山」一点に的を絞った議論を、私たちが場を設定し、全国の各大学がディスカションを深め、大学間交流できるようにしています。もちろん、この里山フォーラムには千葉大学院生の皆さんにも参加頂いております。この卓越大学院プログラムも、いろんな大学がつながることのできる枠組と捉えています。
はい、つながりを実現しています。頑張っています。
山本:それがこのプログラムの魅力の一つだと思っています。垣根を越えることで新しいアイデアが生まれることもあります。そして世界中どの地域でも、各エリアに特化した地域課題というのがあるので、情報交流を積極的に行ってもらいたいです。これは私の実体験として、強く感じます。
最後に、博士課程は、社会人だったからも知れませんが、とても孤独でした。論文を書き上げるプロセスは、自分との闘いであり、本当に「一人旅」みたいなものでした。でも、辛いのは一人だけじゃない、皆さん同じ思いであることを自分に言い聞かせて乗り越えました。一人旅ですから、やはり自分自身でしか、乗り越えようとする勢いがないと、乗り越えられなかったかも知れません。様々な大きな壁にぶち当たると思いますが、誰も助けてくれないので、自分を奮い立たせて、それをなんとか乗り越えて欲しいと思います。
でも、そんな時、助けになり力になってくれるのが、一緒に学ぶ仲間です。私は社会人学生だったので、社会人チームの仲間に本当に助けられましたし、今でも時々会っています。研究分野は各自全く違うし、最終的に研究は一人なのですが、一緒に頑張っている友達が近くに居るという存在感だけで、私はすごく救われました。修士では留年もしましたし、学位までの道のりは、全くスムーズに辿って来たわけではないということは伝えたいです。